客様インタビュー

ホーム > 尚遊記

インタビューvol.1  「ルポンドシエル」

株式会社大林組は、なにわ橋法律事務所の顧問先ですが、その大林組の子会社であるルポンドシエル株式会社は、フランス料理の『ルポンドシエル』と和食の『さがん』を経営しています。今回は、ルポンドシエルにお邪魔して、江本喜一社長、総料理長の吉川憲二さん、洋食料理長(常駐料理長)パスカル ロニョンさんにお話を聞きました。

日時:2009年2月26日
場所:ルポンドシエルビル
インタビュアー:津田尚廣 記録:野中徹也

ルポンドシエルについて

津田尚廣:ルポンドシエルの名前の由来について教えてください。
ルポンドシエルについて

吉川憲二:ルポンドシエル【Le Pont de Ciel】の『Pont』は『橋』、『Le Ciel』は『空』のことで、ルポンドシエルは『空に架ける橋』という意味です。お店が大林組本店ビルの30階にありましたので、このような名前になりました。その後、本店ビルのむかいにある旧本店ビルに移りましたが、そのままの名前を使っています。 今は隣に『天神橋』というのがありますが、『天神橋』もフランス語に直すと『天』というのは『Le Ciel』、『橋』は『Pont』となり、併せてルポンドシエルとなります。

津田尚廣:ルポンドシエルの目指す料理はどのようなものですか。
ルポンドシエルについて

吉川憲二:ここに移転してきて、今思うことは、昭和48年の開業当時の理念『空に架ける橋』の重要性です。ルポンドシエルの料理はいつも進化形であり、常に最良の新しいものをお届けしていく、それこそ『空に架ける橋』という店名通り我々が橋になり喜びをお客様にお届けする事、そういうものでありたいなと考えます。現在のルポンドシエルの料理は昭和48年の開業時より学んできたものを背景にして、現料理顧問のギイ・マルタン氏(注1)と当店シェフのパスカルの料理をベースに、2階のルバンケットや和食の『さがん』にも展開されているのです。
『さがん』のコンセプトはルポンドシエルの創造する和食と『さがん』の金山料理長が考える真の和食の二本立てです。そういう意味から『Le Coeur【ル・クール】』『Plaisir【プレジール】』という2種類のコースがございます。フランス語で『心』を意味する『ル・クール』は本来の和を意識した料理の内容で構成され、『和の心』でおもてなしする献立です。『プレジール』は『歓び』という意味を持ち、ルポンドシエルと『さがん』が新しく生み出す和の世界を愉しんで頂くための献立です。
パスカル:私は、料理の香りを大事にしたり、地中海や南フランス風に香辛料を使ったりするような料理等を作っていきたいと思います。色々な料理にもチャレンジしていますが、自分が本来作りたい料理を日本人向けにアレンジせずに、調理しています。

(注1)ル・グランヴェフール料理長、ルポンドシエル料理技術顧問
2001年、世界料理芸術協会による『フランス料理の最優秀シェフ7人』に選ばれる。
2003年、フランス最高国家勲章であるレジオン・ドヌール勲章受章
ルポンドシエルについて
津田尚廣:全世界に通用する料理ということなんですね。
ルポンドシエルの提携店について教えて下さい。

吉川憲二:ルポンドシエルは30数年の歴史の中で、常に本物のフレンチを追求してフランスの有名なお店と提携して参りました。『Crillon【クリヨン】』『Charles Barrier【シャルル・バリエ】』『Pierre Orsi【ピエール・オルシー】』に続き現在の『Le Grand Vefour【ル・グランヴェフール】』で4件目になります。Le Grand Vefour はルイ14世やオルレアン公の居城として知られるパレ・ロワイヤル宮殿の一角にあり、1784年創業のパリで最も歴史あるレストランの一つです。今でもナポレオンやジャン・コクトーが好んだ席がそのまま残されています。

Pascal Lognon【パスカル・ロニョンさん】について

津田尚廣:パスカルさんのご経歴を教えてください

パスカル:フランス パリの南東に位置する『Vincennes【ヴァンセンヌ】』の出身です。現在37歳です。21歳でフランス料理を学び始め、『FAUCHON【フォション】』『Pierre Herme【ピエール・エルメ】』などで修行しました。そしてルポンドシエルの提携しているフランスの『Le Grand Vefour【ル・グランヴェフール】』で2年間働きました。2006年に日本に来てルポンドシエルで働いて4年目になります。

津田尚廣:なぜフランス料理のシェフになろうと思いましたか?
パスカル・ロニョンさん

パスカル:父親が肉屋を営んでいましたし、家には畑もあり、いつも美味しい素材を食べることができる環境にいたので、8〜9歳の頃から将来は料理人になりたい、と思うようになりました。

津田尚廣:奥様は日本人なんですよね?これからも日本にずっとおられるのですか?それともフランスに帰られるのですか?

パスカル:はい、妻は日本人です。今はまだ今後のことは何も考えていません。『ジャパンダイスキ♪ゼンゼンダイジョウブ!』

大林芳郎名誉会長との思い出

津田尚廣:亡くなられた大林芳郎名誉会長(注2)との思い出を教えてください。

吉川憲二:名誉会長に出会ったのはかれこれ23年くらい前になります。

津田尚廣:23年前でしたらまだ名誉会長が非常にお元気な頃、現役の社長でしたよね。

吉川憲二:(大林ビルの)30階のときは名誉会長がプラっとお見えになられていました。一人で歩いておられるとスタッフもお顔を知らない子もいますからね、『誰が来たんやろう?』って。自然な感じで歩いていて『おっ!』という感じで来られていました。
なかなかお話する機会っていうのはそう恵まれませんでしたけど、そうしたちょっとした会話はございました。いつも自然体で気さくでいらっしゃいました。
その後、御影に柏葉倶楽部ができてからは、お話する機会も増えて、朝食から夕食まで、ずっとお世話させていただきました。

津田尚廣:名誉会長は、なぜルポンドシエルをやろうと思われたのでしょうか?

吉川憲二:折角のこの30Fからのロケーションを是非とも大阪の皆様にご覧頂けるように、そしてレストランをするならば本物をしなさい!とおっしゃったとお聞きしております。大阪で育った会社だから高層ビルを建てた時に、一番上を市民に開放したい、その方法として一つの文化としての「料理」をお出しする、そして本物を目指せと。弊社の企業理念「感謝と真心をもって良い料理、良いサービスをモットーに食文化を通じて社会に貢献する」この言葉通りだと思います。

津田尚廣:開放にしてはちょっと高いですよね・・・

江本喜一:毎日は食べられないけれど一般の方がちょっと贅沢をしたい時に食べて頂ける位の決して特別な人が特別な時だけに食べられる料理ではない、そういう価格の設定を求められているのです。

(注2)大林組3代社長。1943年、2代社長大林義雄氏が急逝したため、応召中の芳郎氏が社長に就任した。戦後の困難な時期を乗り越え、大林組のトップ企業としての地位を確立し、また建設業界の中心人物として活躍する。2003年7月19日逝去。

フランス料理・GUY MARTIN【ギイ・マルタン】について

津田尚廣:フランス料理の有名な店が閉店したり、逆に新しいところがオープンしたりしていますが、フランス料理って今どうなんでしょうか。

吉川憲二:東京と違って大阪の場合、庶民的な部分がありますよね。数年前、イタリア料理がものすごく流行りだしたきっかけはパスタ料理にあるかと・・・。日本の食と通じている部分もあり、ブームで終わらず根強く残っているのもそういう事ではないでしょうか・・・。今のイタリア料理のベースはフランス料理にありますが、現状の流れからみてフランス料理はイタリア料理より食事するには堅苦しく感じてしまう意味では厳しい状況にあるのかもしれませんね。これだけ多様化してきて選択肢も増えている中で若い人達も自由に色んな食事をとれるようになってきて、外食に対する考え方というのはものすごく変わってきていると思います。しかしまた新しくフランス料理の時代がそろそろ来るように思います。

津田尚廣:それはどの辺で感じられるのでしょうか?
ギイ・マルタン

吉川憲二:この辺りってかなりフランス料理の店が多いですよね。大阪の中でも結構集まっているかと思います。イタリアンが一気に出てきたおかげでやっぱりフレンチというものが価格破壊をしましたよね。どんどん街場にお店を拡げていわゆる店舗数も増えて、フレンチというものの中には食べるだけではなくていろんな楽しめる要素があるんですけれどもね。街場の理想というのは、価格の安いものなんです。でも、これからは変わりつつあると思います。 フレンチというのは日本料理と違います。日本料理は四季に応じてほぼ毎年同じ料理のサイクルで動いて、新しい料理に変わっていかないですよね。 フランス料理は毎年、流行が変わります。フランス料理はずっと変化させていかないといけません。
そういうものを取り入れてフレンチをやっているお店もあれば、反面、昔の大事な野菜を探し求めてそれをベースにしているフレンチもあったりします。でも、どちらも『新しい』のです。
常にそういう意味で新しいものを探しながら毎年変わっていくので、そのベースとしてパリから情報を得て彼はここで提供しているわけです。

津田尚廣:それならパスカルさんは、時々フランスに帰られたりするんですか。

パスカル:イメージを求めたり、新しい課題を探したりするために毎年フランスには帰ります。

津田尚廣:その時にはギイ・マルタンさんにお会いになるのですか?

パスカル:ちょうど8月の休暇中でお会いできないのです。

ギイ・マルタン
津田尚廣:この前、ギイ・マルタンさんが来られていましたが、どんなお話をされたのですか。 料理を褒められたりとか怒られたりとかするのですか。

パスカル:怒られることはないです。喜んでくださっています。
食べて頂いたら、「いいね!」と言ってもらえる、そういう感じです。

吉川憲二:マルタンさんとパスカルはスタイルが全然違うので…。
マルタンさんの料理は『甘い』『辛い』というベースをもとに料理をしていく。蜂蜜を使う、例えば、この前羊を食べられましたよね。あれもどちらかと言えば、甘い食材を取り入れた料理です。
彼(パスカル)は、砂糖を全く使わない地中海料理を個人的にはやりたいのです。
料理長というのは一人一人持っているスタイルが全然違います。

津田尚廣:日本人が作るフランス料理についてどう思われますか。

パスカル:面白いです。調理方法が随分違います。火の通し方、肉の焼き方、創造の仕方が違います。時折、バターやクリームが多いと感じるところもあります。日本人のフレンチではクラシックな料理が多いと思います。

津田尚廣:長時間ありがとうございました。
このページの先頭へ